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フリースタイルスキー史

フリースタイルのルーツは、1952年のオスロオリンピック大回転金メダリストのスタイン・エリクセンや1960年スコーバレーオリンピック金メダリストのロジャー・スターブらアメリカのアルペントップ選手達が引退後、スキーのレッスンの傍ら、自分たちがあみ出したトリックスキーを披露し始めたのがきっかけである。

 その後、それが各地のアメリ1970年代に北米に広まったとされている。77年には、シボレーがスポンサーとなり各地でプロサーキットが開催されるようになり、多くのギャラリーとスポンサーが飛びついた。

 当時活躍していたトップ選手は、

  • ジョン イーブンス

  • スコット ブルックスバンク

  • グレック゛アザンス

  • フィッー ガルハンマー

  • ジャック テーラー

  • パーク スマイリー

  • スージー チャーフィー

  • ローラリー バウィー

  • ゲニア フラー

等が活躍していた

 その光景にFISが1979年に正式種目として採用する事になったのである。

1980年1月からは、FISワールドカップとして大会が開催され、世界に広まっていった。

日本も1982〜個人参加し、83年にはチームとして参戦。

1984年からは、ナショナルチームとして参戦したのである。

1986年には、第1回世界フリースタイルスキー選手権がフランスのテーニュで開催された。

日本からも10名参加 (工藤哲史 AE 33位)

その閉会式では、当時IOCのサラマンチ会長が会場入りし、次回オリンピックにはこの競技をオリンピック種目にする旨を選手や関係者に宣言したのである。

1988年 CAN カルガリー冬季オリンピック に公開競技としてフリースタイルの3種目が採用された。(工藤哲史 AE 12位)

出場選手は、前年度ワールドカップランキング16名位内に与えられた。

1992年 FRA アルベールビルオリンピックにて、モーグル種目が正式化され、1994年 NOR リレハンメルオリンピックにてエアリアル種目が正式種目となった。アクロ種目は落選した。

そして、1998 年 長野オリンピックにて、里谷多英氏がモーグルで金メダルを獲得した。日本のスキー界初の女性の金メダリストとなる。

2002年 里谷選手は、USA ソルトレイクオリンピックにおいても、銅メダルを獲得した。

第1回全日本フリースタイル選手権(当時)は、1981年 長野県志賀高原 サンバレースキー場で2回開催された。第3回大会は、北海道ルスツ村の大和ルスツ高原スキー場で開催された。

日本国内では、1992年頃には約1,500人のフリースタイル競技選手が登録していたが、現在2020年では約350名程度に減少している。

フリースタイルスキーの種目には、

  1. バレエ(廃止)

  2. モーグル

  3. エアリアル

  4. コンバインド(廃止)

  5. デュアルモーグル

  6. スキークロス

  7. ハーフパイプ

  8. スロープスタイル

  9. ビッグエア

  10. エアリアルチーム戦

今ではこれだけの種目数となった。

フリースタイルスキーは、当初 トリックスキー・ホットドックスキーなどと呼ばれていた時代があった。

元より自由なスキーであったが、オリンピック種目になった事で、様々な規定が生まれ確立してきた。それでも、以前はジュニアが出来るスポーツでは無かったが、今では沢山のジュニア選手が参加している事は、本当に嬉しい。

現在の種目がこのまま続いてくれることを期待している。

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1982年テイネハイランド
スコット・ブルックスバンク
レイン スピナー選手 (USA)
1989年第2回世界選手権 西ドイツ オーベルヨッホ
リサ ハットステット選手(NOR)
1998長野オリンピック 里谷選手
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2015美深にて 田原直也選手
1984 USA ブレッケンリッジワールドカップ 工藤哲史
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